よしりん先生が来てくれました
次回「ゴー宣道場」の設営隊募集が
もう締め切られていました
門弟たちが名乗りを上げて
定員に達していました。
本当に熱意がすごい
確実に師範方のやる気を支えるのです。
関係っていいですね。
ところで門弟たちの中で二名の男性が、
わしが一旦は「ゴー宣道場」を
お台場で強行開催しようと
したことを非難しています。
ただちに変更するはずがないのですが。
この議論は
切通理作氏の次の言葉によって
見事に説明されています。
一語一語をしっかり
噛み締めて読んでほしい。
「この未曾有の震災という事態に
何もできないという個人の無力感、苛立ちが
公的立場の人たちを感情的に
謗る結果になっている。
世の中の縮図が、門弟による、
小林師範や道場の在り方を非難する
他者への想像力を排除した
過剰にマッチョな態度にも表れている。」
絶対正義をふりかざして、自称『強者』の
ふるまいをするというのは、
すごくむなしいことだと思います。」
「ゴー宣道場」の
門弟の中に現われた現象は、
今回の震災が人間の心理に及ぼす現象
そのものでもあるようなので、
一度、公式に説明しておきます。
一名は 「男性優位主義者」 であり、
一名は 「お台場恐怖症患者」 です。
「男性優位主義者」は、
お台場開催の場合は
「女・子供・老人ぬき」で
やるべきだと主張しました。
わしはお台場といえば震災後も
フジテレビの女子アナまで
働いている場所ですから、
過剰に危険視するのもおかしいと思います。
千葉の液状化現象を報道していましたが、
司会者が
「このお台場は何ともないんですよね。」
と話してました。
震度3、4程度の余震でも、
地盤が今後どのような動きをするか
予断を許さないと言ってますが、
もう震度3、4程度の余震は起きましたよね?
危険はあるのかもしれませんが、
そこに出入りする人たちは、
諦観と覚悟を同時に持っているのでしょう。
リスクを負う覚悟のある者だけ集めて、
少人数で「ゴー宣道場」を開催しようと
わしは考えました。
値段も手頃でサービスも
設備も良かったのです。
どうしても見つかりませんでした。
見つけることが出来たのですが、
それ以前までは見つからなかったのです。
わし個人の懐具合を考えて、
会場を探しています。
「男性優位主義者」と
「お台場恐怖症患者」の二名様、
お金さえあればみなさんに
いくらでも良い環境で
議論して頂けるのですが、
お金がなくてすみません。
高い会場を借りるくらいなら、
被災地に寄付した方がいいと
考えてしまってすみません。
わしはすでに寄付しましたが、
これからも状況を見ながら
寄付を続けようと思っていますので、
そんなに高い会場は借りられません。
お台場から会場を変更することに、
若干の後ろめたさを感じています。
なにしろ現在、お台場では
多くの女性が働いているのに、
小林よしのりの「ゴー宣道場」が
お台場から逃げ出したと捉えられたら、
根性なしのヘタレ集団のように
見えませんかねえ?
という噂が広がれば、
あの辺を利用する人々にとっては
風評被害です。
浦安のディズニーランドは
今後どうなるのでしょうか?
万が一のことがあれば
責任を問われるのでしょうか?
安全と言えるのでしょう?
お台場から大崎に会場を変更したのは、
それでも参加者全員に安心して、
余裕を持って楽しんでもらおうという
主催者としてのわしの配慮なのですが、
わかってもらえませんでしょうか?
大崎に変更したこと自体が、
「男性優位主義者」と
「お台場恐怖症患者」の二名様には
「ほら見たことか、変更したじゃないか。
俺はお台場が危険だとわかっていたぞ」
と責任追及する根拠に
なってしまうのでしょうか?
驚くべきことに、
フジテレビの女子アナも
関西に疎開させるべきだ
と主張しています。
これには呆れました。
ここまで常識が狂うとは
かつてオウム真理教の
地下鉄サリン事件と、
阪神淡路大震災が重なった時も、
発狂した者が多く出ました。
この 「発狂」 とは、
非常時にバランス感覚を
失った者という意味です。
「非常時の発狂者」
との戦いを強いられました。
記録がちゃんと残っているでしょう。
まさか「ゴー宣道場」の門弟の中から、
「非常時の発狂者」が出ようとは
「お台場恐怖症患者」の方は、
「フジテレビの女子アナは職業で、
業務命令でお台場にいるのだから、
『労災』が出る。
しかしゴー宣道場に行って被災しても
『労災』が出ない」
と主張しています。
「労災」の問題なのか〜〜〜〜〜〜
そこまで妻子が心配なら、
参加しなけりゃいいだけじゃないですか
家族が心配なら参加しなくていい。
これは当たり前です。
「ゴー宣道場」は強制連行
してるわけじゃないんだから
「この時期、参加しなくても
まったく無頓着」
とわしはブログに書いています。
しかしこの人には、
尖閣ビデオを流出させた
一色正春氏のような行動は
絶対に出来ないんでしょうね。
往復はがきで応募されていたから、
当選させていたのですが、
中止になって残念でした。
持たれているようなので、
そのうち参加されるでしょう。
わしは門弟たちに一色氏のような
「私を捨て公につく覚悟」まで
求めているのではありません。
深く思想する観客
であれば良いのです。
それでは
「男性優位主義者」の主張通り、
『次回「ゴー宣道場」には、
女・子供・老人は参加するべからず』
というお触れをわしが出した場合、
現実的には何が起こるでしょう?
有本さん、笹さん、みなぼんは
烈火のごとく怒ります。
みなぼんなんか、
「そんなことしたら、
私が有本さん、笹さんを担いで、
お台場の別の会場で開催する」
などと言ってます。
対外的にも
『次回「ゴー宣道場」には、
女・子供・老人は参加するべからず』
という条件で開催したら、
「異様な集団だと思われる」と、
堀辺さんも言っておられます。
確かに対外的には、
「異様な男性優位主義者の集団」
と映るのではないですか?
わしはブログで
「次回は危険も承知の者だけが来い。
子供連れでは不安と思う人は
参加を見送ってください。
お台場もキャンセルする可能性がある」
と警告しています。
新自由主義の経済構造の
変化のために用意された
「自己責任」という理屈は
わしは認めませんが、
自然災害や運命に対して
どう対処するかは、
一人一人の「自己責任」であり、
「運」 そのものでしかありません。
そんなことは当然ではないですか。
「少人数で、肝の据わった者だけが
参加すればよろしい」
という言葉でやってきた者たちは
「選民意識」 を持つ危険がある
などと二名の者は言います。
えらそうに他の門弟を
軽く見るのはやめなさい
「お台場恐怖症患者」の二名が、
まさに選民意識を持っているのです
みんな現場が一番大事だと
わかっている門弟たちばかりです。
わかっている者たち
ばかりではないですか。
わしは信頼していますよ。
他の門弟を侮辱しているわけです。
もう一度、言います。
『次回「ゴー宣道場」には、
女・子供・老人は参加するべからず』
という条件を掲げて
開催することは不可能でした
まず、女性師範方が納得しません。
少なくともわしは子供を参加させる
つもりはなかったわけですが、
大人の女性には
「自己決定権」 があります。
死生観は出来ていると思っていますから、
わしは子供扱いしません。
老人に対して失礼です。
極限状況では
女性を守る覚悟はしていますが、
有本さんはそんなものは
当てにならないから
言わなくていいと言います。
「男が女を守る」という神話を
わしは信じたいですが、
有本さんは信じていません。
自分の身は自分で守る
という考えです。
わしはこの考え方は
貴重だと思っています。
修正を図らざるを得ないくらいに
重要な考え方です。
わしは初めて
有本さんから影響を受けました。
『次回「ゴー宣道場」には、
女・子供・老人は参加するべからず』
という男性優位の
アナクロな条件表明は、
堀辺さんすら反対します。
有本さんにとっては
最大限の侮辱ですから、
師範を辞める可能性すらあります。
女をナメているのです。
わしの知る女性自衛官は
護衛艦の艦長を目指していますが、
男を従えてリスクをとる
覚悟を持っています。
覚悟と闘志が半端ではありません。
津波で洪水になったら、
先生を私が助けると言います。
「自由意思」を抑圧されて、
リスクを背負っているのではない
「自由意思」で選んだものなのです
樺太の真岡郵便電信局の
電話交換手だった女性たちは、
ソ連軍が攻めてくる
ぎりぎりまで職務を全うし、
最後は青酸カリを飲んで自害しました。
公を全うしたのです。
どこで開かれようと、
「ゴー宣道場」には「自由意思」で
参加する女性がいるのです
否定する権力などありません
「地震の恐れがあるから
女・子供・老人をお台場に近づけるな」
と主張する偏屈でちっぽけな
自称・日本男児がいます。
「東北太平洋沿岸地域には
女・子供・老人を住まわせるな」
という極論に繋がる恐れがあります。
わしは思うのですが、
被災地の人々は、
またあのリスクの高い地域に戻るでしょう。
女・子供・老人も。
たくさんいましたが、
さらに多くの人々が
やはりあの地に戻っていくと思います。
もっと強固にされるでしょうが、
リスクが0にはならないあの地から、
女・子供・老人が消えることは
ないと思います。
日本人はカミを畏れはしますが、
カミから逃げることはない。
諦観であり、覚悟です。